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【高校生用】資本主義経済と社会主義経済

【高校生用】資本主義経済と社会主義経済です。
人類は生きるために、自然に働きかけて農作物を生産したり、 工場で衣服や電気製品・自動車を生産するなど、さまざまなモ ノを生産し、消費している。また、 教育を受けたり、メディアなどから情報を受けとったり、電車に乗るなどサービスを利用している。このように、人の生活に役立つモノ(財)・サービスを生産し、消費する人間の活動を経済という。

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経済のしくみ

資本主義経済と社会主義経済の図解
現在の世界には、

  • 資本主義経済
  • 社会主義経済

という2つの経済体制があるが、多くの国々が資本主義経済のしくみを採用している。

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資本主義経済のしくみ

資本主義経済は、つぎの3つがおもな特徴としてあげられる。

  1. 私有財産制:機械や原材料などの生産手段の私有が認められている。
  2. 経済活動の自由:利潤の追求を目的とした自由競争がおこなわれている。
  3. 多くの財は、市場で売るための商品として生産され、労働力も商品となっている。

資本主義経済の成立

18世紀半ばすぎにイギリスでおこった産業革命では、蒸気機や紡績・織物の機械などが発明・改良され、マニュファクチュア(工場制手工業)から工場制機械工業へと生産が転換した。 工場制機械工業の成立によって、繊維製品を人手をかけずに安 く大量生産することが可能となり、多くの労働者が工場で働くようになった。この結果、農業を主とする自給自足的な経済から、工場での商品生産を主とする資本主義経済へ移行した。

確立期の資本主義経済

産業資本主義ともよばれ、多数の小 規模な企業による自由競争がおこなわれた。そこでは、他の企 業との競争に勝つために、「より良い商品を、より安く」生産しようとし、技術革新(イノベーション)や生産規模の拡大による生産費(コスト)の引き下げ(規模の経済)がはかられた。また、 商品の需要と供給は、価格によって調整される市場経済のしくみが機能していた。

■ 夜警国家と安価な政府
資本主義の確立期には、政府の役割を国防や治安の維持など必要最小限なものとする夜警国家や安価な政府が理想とされた。経済学の父とよばれるイギリスの経済学者アダム・ スミスは、自分自身の利益を追求する個人や企業の自由な経済活動が、神の「見えざる手」に導かれて公共の利益を促進するとし、政府が経済に干渉しない自由放任主義を唱えた。また、同じイギリスの経済学者リカードは比較生産費説を唱え、政府による貿易への干渉をやめ、自由貿易をおこなうことが各国の利 益になると主張した。

資本主義経済の発達

世界で最初に産業革命を経験したイギリスは「世界の工場」とよばれ、世界経済をリードしたが、産業革命はフランスやドイツ・アメリカにも広がり、日本も日清・日露戦争のころには産業革命を成しとげた。

19世紀後半には、鉄鋼や内燃機関・電気などの分野で技術革新がおこり、重化学工業化が進んだ。その結果、企業が大規模化し、多額の資本が必要となって株式会社制度が発達した。

生産の集積・集中が進み、競争に勝ち残った少数の大企業が市場を支配(寡占)するようになった。このような新たな段階の資本主義を独占資本主義ということもある。

欧米資本主義諸国は強力な軍事力を背景に、アジア・アフリカを原材料の供給地や製品の輸出市場。あるいは資本の投資先とする植民地化政策をおし進め、たがいに対立するようになった(帝国主義)。

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資本主義経済の歴史(起こり)

1929年、アメリカでおきた大恐慌(世界恐慌)は世界に広がり、企業の倒産や労働者の失業など、大きな経済的混乱を引きおこした。

  • 世界恐慌…1929年、ニューヨーク株式市場の株価大暴落がきっかけ。ヨーロッパからのアメリカ資本の引きあげで、恐慌は世界中に波及。

ブロック経済(イギリス・フランス)

植民地を持つイギリスやフランスは自国と植民地間の貿易の利益を優先し、その他の国から 輸入する製品に対して高い関税をかける保護貿易主義(ブロック経済)で対応した。

  • イギリス…1932年のオタワ連邦会議で、イギリス連邦内の関税を引き下げ、連邦外の国に高関税を課すスターリング・ブロックを結成した。
  • フランス…植民地や友好国とフラン通貨圏を築いた。

植民地をイギリスやフランスほど持たないドイツ・イタリア・日本などは、自国の勢力圏を拡大するために、植民地の再分割を求めて全体主義(ファシズム)に傾いていった。

  • 全体主義…個人の権利や利益、社会集団の自律性や自由な活動を認めず、すべてのものを国家の統制下に置こうとする主義

ニューディール政策(アメリカ)

アメリカは、フランクリン・ルーズヴェルト大統領が大恐慌からの回復をはかるためニューディール政策を展開し、政府が積極的に経済に介入して、全国産業復興法(1935年)、最高裁によって違憲判決を受ける)団結権や団体交渉権を認め不当労働行為の禁止を規定した全国労働関係法(ワグナー法)、社会保障法などを制定した。

■ 管理通貨制
管理通貨制を採用し、赤字公債を発行して公共事業を中心に財政支出を増加させた。これを理論的に説明したのが、イギリスの経済学者ケインズ(1883年から1946年没)。おもな著書に『雇用・利子及び貨幣の一般理論』がある。ケインズは、不況の原因が社会全体の有効需要の不足にあると考え、完全雇用の実現には、政府の積極的な財政政策などによる有効需要の創出が必要であるとした。

第二次世界大戦後

第二次世界大戦後、世界の多くの資本主義諸国では、このケインズ政策を取り入れ、経済の安定成長と完全雇用、国民福祉の充実をめざす「福祉国家」の実現が経済政策の大きな目標となった。そのため、政府の経済活動に対する役割が大きくなり、 私企業や家計などの民間部門と並存し、たがいに密接な関係を持つ混合経済(修正資本主義)となった。

1980年代の政策

1980年代になると、アメリカなどではケインズ政策に基づく財政支出の増加による財政赤字の拡大とインフレ圧力の増大に対して、規制緩和や民営化などで政府の役割を縮小し (小さな政府)、市場経済本来の機能を回復しようとする考えが出てきた。

世界規模で活動する多国籍企業の登場や、コンピュータを利用した国境を越えた金融取引、情報技術革命の進展によるインターネットビジネスの登場など、経済のグローバル化も進み、国民経済の枠を超えた経済活動が展開される。

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社会主義経済のしくみ

資本主義経済の確立期には、労働者は低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件と経済的不平等のもとにおかれ、貧困に苦しんでいました。マルクスは、このような資本主義経済の構造的矛盾を指摘し、労働力の商品化による人間疎外を克服するために、社会主義社会の実現が必要であると主張した。

社会主義以前

マルクスよ り先にあらわれたフランスのサン・シモンやフーリエ、ニューラナークでの協同組合活動を進めたイギリスのロバート・オーウェンらの思想は、マルクスの科学的社会主義に対して、空想的社会主義といわれる。

社会主義のしくみ

社会主義経済では、生産手段の私有は原則として認められず、

  • 工場や機械設備・農地などの生産手段は国有または公有
  • 生産は政府の立てた計画に基づいておこなわれる(計画経済)
  • 成果は労働に応じて分配
  • 精算手段を私有する資本家はおらず、すべての国民は働く者である労働者と農民

社会主義経済の成立

マルクスの考えに基づき、1917年、レーニンの指導によりロシア革命がおこり、世界最初の社会主義国であるソヴィエト連邦(ソ連)が成立した。

■ 第二次世界大戦後
社会主義経済は東欧や中国・ベトナムなどにも広がり、1960年代初めまでには、資本主義諸国と並ぶ経済成長をとげた国もあらわれた。
■ 1970年代後半
政府主導の集権的計画経済 のもとでは商品の品質改善が進まず、消費者の多様なニーズに応えられない生産システム、能力や労働力の質に対応しない賃金制度などによる勤労意欲の減退、技術革新に対する立ち遅れなど、社会主義経済の問題点があらわれてきた。

そこで、ソ連では利潤方式を導入したり、ペレストロイカ (改革)政策をおこなったが、1991年に旧ソ連は解体し、社会主義体制を放棄して資本主義体制へ転換した。

社会主義市場経済

中国は「社会主義市場経済」により市場経済化・工業化 を進め、世界の「生産基地」となるとともに、GDPの規模でも日本を追い越して、世界第2の経済大国になった。

  • 臨海部と内陸部の経済発展の格差と貧富の差の拡大
  • 公害問題の発生
  • 環境問題の深刻化
  • 1997年の 香港返還による一国二制度などの問題

をかかえている。

社会主義のその他の国

その他、東欧諸国も資本主義経済体制に転換し、ベトナムはドイモイ(刷新)政策による改革・開放政策を進めている。

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社会主義とファシズム

市民革命ののち、近代民主主義の政治体制は現代にいたるまで、必ずしも順調に発展してきたわけではない。とくに19世紀末から資本主義諸国は帝国主義の段階に入り、矛盾を深めていくなかで、労働者階級を中心とした勢力が政権につき、生産手段を公有化して。社会的平等をはかろうとする社会主義の政治体制をめざす運動が高まってきた。

ロシア革命

1917年にレーニンらが指導したロシア革命により、世界で最初のマルクス主義に基づいた社会主義国であるソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立した。レーニンの死後、指導者となったスターリンは、一国社会主義論を主張して独裁化を進めた。

ナチス

1929年、アメリカ合衆国から世界へ拡大した世界恐慌により資本主義経済が 危機におちいると、イタリアのムッソリーニが率いたファシス ト政権。 ドイツのヒトラーが率いたナチス政権。 日本の軍部が率いた軍国主義政権などが台頭した。ナチス政権のユダヤ人大量虐殺をはじめ、日本の軍国主義政権下でも南京での中国人虐殺、朝鮮人の強制連行など、生命と人権を踏みにじる行為がおこなわれた。

社会主義国家

第二次世界大戦後には、東欧やアジアなどにもつぎつぎと社会主義国家が誕生した。ほとんどの社会主義国では、資本家階級の権力を排除して権力分立を否定した政治形態をとり、共産党による一党独裁のプロレタリア独裁体制がしかれて、社会的平等を重視した政策が遂行されていった。しかし、指導部のつくる計画経済や、自由権を大幅に制限した政治体制は、思うような成果をあげられず、東欧諸国は1989年以降に,、社会主義体制を放棄していった。

ソ連解体

1991年には、社会主義諸国の中心的存在であったソ連が解体した。その一方で、20世紀の初め、社会主義運動や労働運動の盛りあがりに対抗し、これまでの議会政治の制度を利用しながら、民主主義や基本的人権の考え方を否定する政治体制が生まれてきた。それがファシズムである。これは、国内的には国民の自由や人権を抑圧しながら民族主義的・国家主義的政策をかかげ、対外的には侵略主義政策をとる体制であった。

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