【高校・経済】金融自由化

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【高校・経済】金融自由化についてまとめています。金融自由化に関して、規制緩和、金融自由化の背景などにふれています。それでは、【高校・経済】金融自由化です。

規制緩和

政府が企業の自由な活動を制約することを、規制といいます。日本では、どんな仕事をするにしても担当官庁の許可が必要となります。これを許認可行政といいます。近年市場の活性化、国際化な対応のため規制は緩和されてきています。

これは、行政府の許認可権限を縮小して、企業の市場参入を自由化しビジネスチャンスを拡大しているわけです。競争原理によって生産性を高めて市場を活性化するという考え方です。

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日本版ビッグバン(金融大改革)

1970年代以降、特に80年代においては世界的な金融の自由化が進められ、金利の決め方や銀行証券会社などの業務の規制が大幅に緩和されました。日本でも1997年より日本版ビッグバン(金融大改革)と呼ばれる、銀行証券・保険業務自由化を内容とする大改革がありました。

金融自由金貨の背景

金融自由化つまり金融面での規制緩和の動き活発になったのは、大きく4つあります。

1.間接金融依存度の低下

第一にこれまで資金の借手であった企業の財務体制が強化されて、自己資本比率が高まり、間接金融依存度銀行からの歳入金の割合が低下したことが挙げられます。この結果、政府(句に)や日銀による介入・規制による金利政策効果は限定的となりました。

2.大量の国債発行

第二に政府部門の資金不足のために大量の国債が発行されたことです。

以前は規制金利がとられていたので、政府又は日銀が市中銀行の金利を統一的に決めていました。そして、政府は銀行の利子を低めにおさえながら、自分は少し高めの利子を約束し、国債発行していました。国債というのは、政府から見れば借金、国民にとっては、貯金と同じようなものです。国に一定期間お金を貸せば、利子をつけて返してもらうわけですから、少しでも高い利子の高い国債を買うわけです。

政府が国債を乱発して、国民のお金どんどんとっていくと、銀行にお金が集まらなくて困る。その結果、銀行業界が、政府に金利の自由化の保障を要求することになりました。

3.個人資産の増加

第三に個人の資産が増えて、金利の有利な金融商品を求めるになったこと。個人の資産運用に関しも、多様化してきて儲かるものに資産が集まるようにになりました。ここでも自由競争は求められました。

4.アメリカの要求

第四に、外国金融機関の日本市場参入の要求が強まったことです。アメリカが日本の金融市場開放要求してきたことが、一番の要因。1980年代になると円の国際化、日本への金融市場開放要求は本格化しました。

アメリカの銀行は、日本で営業するためには、日本の有権者に少しでも高い金利で貯金してもらい。少しでも安い金利でお金を貸す努力をしてシェア拡大できません。日本人は、馴染みにある日本の銀行に預金してしまうからです。ですからアメリカの銀行が日本の金融市場に参入して日本の銀行に勝つためにはこういう努力ができる自由競争しかありませんでした。

金融の自由化の背景として、特にこのアメリカの要求と国債の大量発行による銀行の内部からの要求というのを押さえておきましょう。

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