【高校・政治経済】日本国憲法

スポンサーリンク

政治分野第5講義【高校・政治経済】日本国憲法についてまとめています。

日本国憲法

日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正という形をとったが、内容的には大日本帝国憲法とはまったく異なる原則が盛り込まれた新しい憲法である。

  • 国民主権
  • 基本的人権の尊重
  • 平和主義

の3つを基本原則としている。民主主義の原理を取り入れたなかで、とくに徹底した平和主義を規定した憲法前文や第9条を持つことから、日本国憲法は平和憲法ともよばれている。日本国憲法は、前文と11章103の条文で構成されている。前文には、日本国憲法の基本的な理念が示され憲法解釈の際の基準とされる。

スポンサーリンク

国民主権

日本国憲法前文は「主権が国民に存する」ことを宣言した上で、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」としている。また、天皇の地位を規定する第1条でも、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と定めて、明確に国民主権を示している。

象徴天皇

象徴としての天皇は「国事行為」のみをおこない「国政に関する権能」を持たない(4条)。天皇に認められているのは、国会の指名に基づく内閣総理大臣と、内閣の指名に基づく最高 裁判所の長を任命すること(6条)、そして内閣の助言と承認 によっておこなう10項目の「国事行為」(7条)のみである。

国事行為

  • 国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する。
  • 内閣の指名に基づいて、最高裁判所長官を任命する。
  • 憲法改正、法律、政令、条約を公布する。
  • 国会を召集する。
  • 衆議院を解散する。
  • 国会議員の総選挙の施行を公示する。
  • 国務大臣、法律の定める公務員の任免や全権委任状大使・公使の信任状を認証する。
  • 文化勲章などの栄典の授与を行う。
  • その他外交使節の接受や恩赦の認証批准書や外交文書の認証、儀式を行う。

日本国憲法の制定

1945(昭和20)年8月、日本政府はポツダム宣言を受諾して、連合国に降伏した。ポツダム宣言には、戦後日本政治の指針となる軍国主義の除去、民主主義の復活・強化、基本的人権の尊重平和的・民主的政府の樹立などが示されていた。

日本は占領され、その占領行政を担当した連合国軍総司令部(GHQ)の最高司令官となったマッカーサーは、1945年10月、アメリカ合衆国の対日方針にそって明治憲法を改正する必要性を幣原喜重郎首相に示唆した。これを受けて、日本政府は内閣に憲法問題調査委員会(委員長は、松本蒸治)を設置して改正案(松本案)をまとめたが、改正案は天皇中心の体制を護り保つ国体護持を前提としており、天息制に基づいた明治憲法の根本原則を変更するものではなかった。GHQは改正案を拒否した上で、マッカーサー三原則に基づいたマッカーサー草案を提示し、それを原型とする日本政府案がまとめられた。

幣原喜重郎内閣

  • 第一次世界大戦後のワシントン会議において、当時、駐米大使という立場から全権の1人に加わり、協調外交を展開した。
  • 戦後の占領下において、五大改革指令に基づいて民主化をおしすすめた。

マッカーサー草案

マッカーサー草案は、天皇は国家の元首(the head of the State)であること、戦争の放棄・非武装・交戦権の否認。封建的諸制度の廃止を内容とするもので、これをもとにGHQ民政局に憲法草案の作成を指示した。

一方、民間でも高野岩三郎・鈴木安蔵・森戸辰男らの学者・知識人が中心となって発足した憲法研究会が憲法改正案を発表し、それがマッカーサー草案にも影響を与えたといわれている。

1946(昭和21)年4月には男女普通選挙制による初めての総選挙が実施され、同年6月、その選出議員で構成された帝国議会に日本政府の憲法改正案が提出された。明治憲法下における天皇の最高諮問機関である枢密院の諮問を経て両議院で審議され、いくつか修正が加えられたのち、圧倒的多数の賛成で10月に可決され、同年11月3日に日本国憲法として公布、翌47年5月3目に施行され、現在にいたっている。

あわせて確認

スポンサーリンク
スポンサーリンク